「新規事業やDXを進めたいが、社員の研修費用と受講中の賃金負担が重い」——こうした理由で人材育成に踏み切れない中小企業は少なくありません。
事業展開等リスキリング支援コースは、厚生労働省の「人材開発支援助成金」に設けられたコースの一つです。
新規事業の立ち上げやDX・GX化などの事業展開に伴い、従業員に新たな知識・技能を習得させるための訓練を実施した場合に、訓練にかかる経費や訓練期間中の賃金の一部が助成されます。
中小企業の場合、通常分では訓練経費の75%、賃金助成は1人1時間あたり1,000円が助成されます。
さらに2026年度からは、一定の要件を満たして事業展開に必要な機器・設備等を導入した場合に、**設備投資加算(導入費用の50%)**を利用できるようになりました。
本記事では、2026年8月3日の制度改正を反映し、対象となる企業・訓練、助成額、申請の流れ、注意点について、社労士がわかりやすく解説します。
令和8年度の制度改正に注意
事業展開等リスキリング支援コースは、2026年度(令和8年度)も利用できます。
また、2026年4月には設備投資加算が新設され、同年8月3日からは支給対象となる訓練の見直しや、eラーニング等の受講回数に関するルール変更などが行われています。
そのため、過去にこの助成金を利用したことがある企業であっても、以前の制度内容をそのまま適用するのではなく、訓練を開始する時点の最新の支給要領・パンフレットを確認することが重要です。
助成額・助成率(中小企業向け)
経費助成(最大75%)
外部講師への謝金、eラーニングの受講料など、訓練にかかる直接経費の最大75%が助成されます(中小企業の場合)。たとえば経費40万円の研修であれば、実質的な負担は10万円程度まで抑えられる計算です。
ただし、実際の助成額には、訓練時間数や訓練の種類などに応じた1人1訓練あたりの限度額があります。
中小企業の場合、通常の訓練では、1人1訓練あたりの経費助成限度額は、実訓練時間数に応じて30万円・40万円・50万円です。
賃金助成(1人1時間あたり1,000円)
訓練が業務から離れて行われるOFF-JT等の要件を満たす場合、訓練時間中の賃金について、中小企業は1人1時間あたり1,000円の賃金助成を受けられます。
ただし、eラーニングによる訓練、通信制による訓練、定額制サービスによる訓練などは、原則として賃金助成の対象外で、経費助成のみとなります。
また、賃金助成には1人1訓練あたりの限度時間があり、通常は1,200時間、専門実践教育訓練の場合は1,600時間が上限です。
【令和8年度から「設備投資加算」が新設】
令和8年度からは「設備投資加算」が新設されました。新規事業やDX推進に必要な機器・設備を導入し、その実技訓練と一体でリスキリングを実施する場合、導入費用の50%が通常の助成額に上乗せされます。ただし限度額があり、支給対象労働者1人につき15万円、対象者が10人以上の場合は労働者数にかかわらず150万円が上限です。
助成の上限
1事業所・1年度あたりの助成上限は、通常分と加算分をあわせて1億円です。複数の訓練をまとめて計画する場合も、この枠内で活用することになります。
対象となる事業主・訓練
対象事業主の要件
雇用保険の適用事業主であることに加え、以下のような共通要件を満たす必要があります。
- 事業内職業能力開発計画を作成し、労働者に周知していること
- 職業能力開発推進者を選任していること(人事担当者などでよく、特別な資格は不要)
- キャリアコンサルティングの実施を就業規則等に定めていること
- 訓練経費を全額事業主が負担し、訓練期間中も賃金を支払うこと
対象となる3つの訓練
助成の対象となるのは、次のいずれかに該当する訓練です。
- 新規事業への進出に必要な訓練(一定期間内に実施した事業展開に関連するもの)
- 企業内のDX・GX(グリーン化=脱炭素・環境分野への事業転換)に伴う訓練
- おおむね3年以内の人事配置計画に基づく訓練(令和8年度改正で拡充された類型)
申請の流れと期限
計画届の提出(訓練開始日の前月末日まで)
原則として、職業訓練実施計画届は訓練開始日の1か月前までに、事業所を管轄する労働局へ提出します。
たとえば、10月15日に訓練を開始する場合、原則として9月15日までに提出する必要があります。
元原稿にあった「前月末日まで」という表現ではなく、**「訓練開始日の1か月前まで」**と記載するのが適切です。
なお、一定の例外や定額制サービスの場合など、提出期限の取り扱いが異なるケースがあります。
訓練を実施する
計画届の内容に沿って訓練を実施します。
訓練内容や対象者、訓練期間などを変更する場合には、変更届など所定の手続きが必要となる場合があります。
また、訓練実施状況を確認できる資料や、出勤簿・賃金台帳・領収書などの関係書類を適切に保管しておくことが重要です。
支給申請(訓練終了後2か月以内)
訓練が終了したら、終了日の翌日から2か月以内に支給申請を行います。計画届と支給申請、この2つの期限を確実に守ることが受給の前提条件です。
【重要】2026年8月改定に伴う注意点
2026年8月3日以降の計画届提出より、訓練対象の審査がより厳格化されています。
単に「AI研修」「DX研修」といった名称が付いていても、全社員向けの汎用的なITリテラシー講座や基礎マナー研修などは助成対象外となります。「対象労働者の実際の職務に直接必要な専門知識・技能か」が厳密に問われます。
また、eラーニング・通信制訓練については「同一労働者につき1年度1回まで」という受講制限も適用されます。
計画どおりに訓練を実施できなかった場合や、出勤簿・賃金台帳・経費の領収書などに不備がある場合は不支給となることもあります。書類や受講記録は日頃から厳重に管理しておく必要があります。
社労士の見解
このコースは「使えるのに使われていない」典型的な助成金だと感じます。経費の75%助成と賃金助成を組み合わせれば、人材投資の実質負担はかなり小さくなります。
にもかかわらず活用が進まない最大の理由は、「計画届を訓練開始日の前月末日までに出す」というスケジュール要件を見落とし、研修を先に契約・開始してしまうケースが多いためです。
また、令和8年度末(2027年3月末)で終了予定という点も見逃せません。DXや新規事業を検討している企業にとって、この助成金を使える機会は事実上限られています。直近の改定により「設備投資加算」が新設されるなど、人への投資と設備投資をセットで進める企業には今が最大のチャンスです。
一方で、職務直結性の要件厳格化やeラーニングの回数制限など、最新の運用変更を押さえた計画作成が求められます。「自社の研修が対象になるか」「どのタイミングで何を提出すべきか」で迷った場合は、早い段階で社労士などの専門家に相談されることをおすすめします。十分な準備期間を確保できるかどうかが、受給の成否を分けます。
まとめ
事業展開等リスキリング支援コースは、新規事業やDX・GX化などに必要な人材育成を支援する制度です。
ポイントを整理すると、次のとおりです。
- 中小企業は通常分で**訓練経費の75%**が助成される
- 賃金助成は1人1時間あたり1,000円
- 賃金助成には通常1人1訓練あたり1,200時間の限度がある
- 2026年度から設備投資加算が新設され、中小企業は導入費用の50%が助成対象となる
- 設備投資加算は1人15万円、10人以上の場合は150万円が上限
- 1事業所が1年度に受給できる助成額は1億円
- 対象となるのは、新規事業やDX・GX化などの事業展開等に必要な訓練
- 2026年8月3日から対象訓練や受講回数などの取り扱いが変更されている
- 計画届は原則として訓練開始日の1か月前まで
- 通常分の支給申請は原則として訓練修了日の翌日から2か月以内
- 電子申請には雇用関係助成金ポータルを利用し、GビズIDが必要
- jGrants(Jグランツ)とは別の申請システムなので注意が必要
助成金は、制度の要件だけでなく、申請のタイミングと訓練内容の適格性が非常に重要です。
活用を検討する場合は、研修の契約・開始前に、自社の事業計画と訓練内容、申請スケジュールを確認しておきましょう。